第5章 ファドの夜(後半戦)

その1) こんな歌手になりたい!!

 

リジュボアファド体験も、一週間が過ぎ、いよいよ、というかようやく、というか 「超有名ファドハウスに行って見よう」と言う気持ちになってきました。

実はMACHAKOにはMACHAKOなりの考えがあって、(こんなハチャメチャなことやってるけどね)この一週間ちょっとを過ごしてきたのです。

そちらには素晴らしいギタリストの方がいらっしゃるとのことなので、私は会う前に少しでも、自分をリジュボアで鍛えてからその店にいこうと決めていたのです。

鍛えるっていうのはね、まさかこんなに歌える事になるとはおもってなかったんだけど、少しくらい、「リジュボアのファドはどんなもんか」を社会勉強していかないといけないなぁと思っていたんです。

その店にいくと、見知らぬ私をお店の方々はあたたかく迎えてくださいました。
こちらの店はさすがにすばらしい歌手がそろえられていました。

どの専属歌手も、見ごたえがありました。
そしてそういう歌手の方々はCDを売る姿さえもサマになっていることにMACHAKOは気がつきました。

でも、です。。。。

 初日にそこで見た(いや見ることができたというべきか)ゲストのファドの歌い手さんは、MACHAKOの求めていたものをすべて持っていました。

髪はブルー、年は60歳くらいでしょうか?
「一見まったくファド歌手に見えません」

MACHAKOからしたら
「このパワー、、、サルサ歌手のほうがあってるんじゃないのか?」
と思わせるステージングです。(まじであこがれます)
声、太い!強い!そして力が感じられる!

そう、まるで
セリアクルーズ!!!!!!

まったくこの旅ではコンパイセグンドやら、セリアやら、キューバの大御所に本当に雰囲気の似た。(似ているっていうのは、そういう、人と違うことができるということ)

ようは
「誰にも真似できないものを持つ歌手」に出会えたことがMACHAKOにとって何よりの収穫でした・・・・・

彼女のようになりたいって、素直に思えました。

彼女はアマリアロドリゲスの「アマリア」というずばり、その曲を歌いました。
自分の表現で・・・・・・・・・・

あまりにも堂々と歌い上げるその「アマリア」に
「アマリアシンドローム」とはなんじゃらほい?(注意:どんなことかはネットでみなさん調べてね!!)
ってな気持ちになりました。

素晴らしいとはこのことです。

有名な歌手の歌であろうが、それがこの人の歌になっている。
名前を叫んでも、それが変わらない・・・・・

彼女はきっとアマリアを本当に尊敬しているのだと伝わります。。。

彼女の名前も知りませんが、「私の心に一生残る歌手」になったのは間違いありません。
名前よりも大事じゃないですか!

その日はそのお店、ゲストが多数で、本当に楽しいステージだったのですよ。
これも運命(ファド)なのでしょう。大変にめずらしいことのようでしたから。

MACHAKOはそちらのお店で、3日間、勉強させていただきました。

本当にすばらしいギター・・・・・
涙がでるくらい、その旋律でこんな私が歌えたことに感謝をしております。 

実は、そこで自分では出るつもりなかったのですが、、、、、「突然に出番」がやってきまして。。。。
MACHAKO、2曲、歌いました。(2日間)

その2日目、 
本当に突然出番がやってきて、、、、、あせって舞台に出て行くと。


日本のお客様がいらしていました。

歌いだしたら目の前にいてMACHAKOもびっくりでしたけどお客様もまさか日本人がでてくると思わなかった様子で目がぱちくり・・・・

歌い終わったあとでお2人の日本人の女性がMACHAKOのほうに来て、
「とっても良かった!!!日本でもファドをやっているなら是非聴きに行きたい。○○○のお店とかに出てるんですか?」

なんて言ってくださいました(涙涙・・・・・・ありえないけど)

「大変に申し訳ないんですが、私、今回旅行者でして。。。ここにはお勉強させてもらっているんです。しかも普段は日本ではサルサイントラやってるんですよ。
一応、ラテンボーカルをやってますけど、ファドだけのライブは、まだまだとても・・・・」
と説明するしかないMACHAKO。

「ファド」と「サルサ」が一気に出てきて、お客様は唖然としてました・・・・・すみません。

そして海外のお客様からは
「何年くらいここに住んで歌っているの?」と真顔でいうので
「実は、二週間」
と言ってしまいまして。

お口をぽかーーーんとさせてしまいました。

本当にこんな人ですみません。。。。

でもここに書きたくて、、、、、

だって。本当に少しでも聴いてくれたみなさんに「なんか印象が残った」から
わざわざに私に感想をいいにきてくれたのがわかってとてもとても嬉しかったです・・・・・・・・・
この日は初めて会った方からいっぱいいっぱい感想をもらったんです。。。

このお店では、本当にこんな飛び込みの私を温かく迎えてくださったこと。とても感謝しております。
ママにはとってもとっても優しくしていただきました・・・・

ご迷惑がかかっても申し訳ないので、このくらいにしておきますが、
是非とも、また来年!!!!!!よろしくおねがいします!

 

 

その2)大事なこと

 

実は、日本でどんなにその曲を聴いても心に響かなかったのに、
リジュボアに来てみて、
「ああ、歌いたい~~~~」って思う曲が増えました。

そういう気持ちにさせてくれたひとりの歌手がいます。

若干21歳の若手の女性歌手です。
若いけど、その表現力はすさまじい・・・・・・・・・

彼女の歌う、「アルファマ」や、「神様我をお許しください」を聴いて、私は、「わたしもわたしのファドを歌いたいんだなぁ」と心底思った。

そんな影響を与えてしまうってすごいことだと思うんですね。
少なくともここリジュボアに来るまで
上の2曲をここまで歌って見たいと思ったことはないんですから・・・・・

でもこの2曲は、私には、「きっとこっちで用意されていたのだ」と思ってます。。

ポルトガルに来るまで、「ファドの歌詞をいかに上手に発音できるか」、とか、「歌詞をリズムに乗せることがどれだけ大切か」と思ってやってきて。


もちろんそれがなによりもの
「基本大前提にある」のは、こっちに来て見てもそう感じましたが。

いや~~~~
当たり前だけど、、、そこからのほうがずうっと深い溝が待っている。
でもその溝こそが歌の深みなんだなぁ。。と。。。「おちてみろ~~~」って感じです。

って、「もちろん最初からもちろんそれはわかっている」んだけど、わかっててもしょうがないです。わかってたってやれないもん。

だから「ますますそう感じさせるものに出会い」ました。。。。この一年。。。。

それは、やっぱりその深みの原型はこっちにこないと絶対に感じてわからなかったことだし。(もうこれは絶対にそうだと私には言える!)
こっちにこなくても経験できたことも日本でこの一年はたくさんあったけれど、そのどれもが自分の体験で、宝物だと今思えます。。。。。

そして一番嬉しかったことは

年齢なんて関係なくて、「歌手は歌手として」そこにある。
という現実を「真正面から見れた」こと。

こんなに幅の広い年齢層の歌を毎日同じ場所で聞ける事はそうそうないですから。。。

短いようで人の一生は長いです。

その長い間に、どれだけの経験を積んで、嬉しいことも、悲しいことも、つらいことも、幸せに感じることも。

それをどれだけ「こころ深く」に持っているのか、そしてそれを歌として表現できるか、なんだなぁ。

とポルトガルの
「私の心に残る歌い手さん」は若かろうが、年とってようが、いっぱいそういうものを持っているんだなぁと思えます。

たくさんの歌い手をリジュボアで見たけど、本当に私の心に残る歌手はそんなにいない。

ここには書かない人も、います。

でも、それが凄いのは、きっとこんな私の心に「その歌手のその歌は生き続けて行くのだ」ということなんです。

だから、やっぱり、歌も踊りと同じなんです。

その一曲をどれだけまずは愛してあげるか。
そしたらその愛を受けたその歌は、愛のこもった声となって、人の前に突然に現れるのだと思うんです・・・・・・ 
そしてその聴いた人のこころに残るんです。

そう思わせてくれた歌手の皆さまには本当に、心から感謝しているMACHAKOです。

 

 

 

その3)アルファマ。涙の最終日

 

その週の日曜日。
MACHAKOはアルファマに別れを告げに、お世話になったファドの店を回る事にしました。

もちろん、「彼女」のいる、とても気持ち良く歌えるお店にまずは、行きました。
「彼女」はその日、残念なことにいなくて。
でももう店員さんは、私がきたら例のテーブル(ファド歌手出待ち席)に案内してくれます。

そこじゃなくていいのだけど・・・・
本当はそこにいたくないMACHAKOなんですけれど・・・

 なぜなら、難航不落の・・・・
「また来たのね」って顔をする歌手さんがいるから・・・・・・(ああ、なんて正直なエッセイ・・・)

でもね。今日は最終日。MACHAKOはみんなにお別れの挨拶をしました。
男性歌手のみなさんにも、ギタリストさんにも。

「明後日。日本なんだ~~」ってね。

みんなとてもよくしてくださいました。

そして、その日もまた、何故にかトリをつとめました・・・(う~~ん・・・・・・・・)

そして「また来たのね」歌手さんにも笑顔で挨拶を思いきってしました。

するとです。


今まで雲っていた顔が、ぱあ~~~~っと明るくなって。
私が帰るっていったら、
「ええ~~~!!!帰っちゃうの!!!今度はいつ来るの???」
ですって・・・・(笑)

結局は「また来てね!」ってことで抱き合って別れました。

MACHAKO、本当にすっきりです。  (注意:わたしがいなくなるから嬉しかったわけではないと思います!)

お世話になった、「彼女」。には、お礼の品を店員さんに預けました。
「きっと来年も来ます!」ってメモを残して。。。。

そのあと「日曜の奇跡のファド」の店に行きましたら。。。。。

コンパイおじさん歌手が、
「店に入ってって!」って言ってくれて、写真を焼いてくれたママが、奥のテーブルに私を案内してくれました。。。

座ると、ワインが出てきました。
「すごい熱烈歓迎ぶり」です・・・・・・当惑・・・・・・・

コンパイおじさん歌手が
「MACHAKO、今日歌っていきなさい」なんて言ってくれます。

私は、明後日帰ること、もうアルファマには来れないことを言えずにいました。

そして3曲、歌わせていただきました。

自分でも思うんですがこの店のギタリストさんたちとはとっても相性がいいと感じます。
もちろんとってもずば抜けてうまいのはわかるんですが、それだけじゃなくて「リラックスできる何か」があるんですね。。。 
これは説明できないこと。

特にここのポルトガルギター弾きさんには、私は今回一番数多く弾いてもらいました。

歌い終わって席に戻りました。

するとコンパイおじさんはこういいました。
「一体何がおきたの?」と。

そして

「こないだの歌より、全然いいじゃないか。一体この数日にどんな勉強をしたんだ?」
と。本気で不思議がっています。

「自分では少しだけわかっているけど、それは、口には出せないし、説明はできないこと」です。

私は、明後日帰ることを話しました。

おじさんは、ママと一緒に、とっても素敵なことを、、、そう。

今後MACHAKOが
「もっともっとファドを頑張るぞ!」って「自然に前向きになれるようなすっごい計画」を話してくれました。(これは秘密です、でも来年必ず!)

まるで家族みたいに話すようになったとおもいます。
そして、記念写真を撮ったり、みんなで色々と話しました。

お店がしまってからもこのファドの店はみんなで
「明日やる曲の練習」をしたり、「みんなで何か相談」したり、「歌手も店員も料理人も和気藹々」
・・・すごくアットホームで素敵なお店です。

 本当に、こんなにさみしい気持ちになったのは正直、このお店が一番でした。。。。。。。。。。うう。今だって懐かしい

サウダードゥー!!!!!って叫びたい。

みんなと抱き合ってさよならをしたけど。

「絶対にまた来る!来年も来る!」としかMACHAKO言えなかった。

タクシーの中で、
こういう気持ちになることこそが、、、、、、きっとファドなんだよ。。。って思うMACHAKOなのでした。

翌日、お店でテーブルの上に置いておいた録音機の録音を聞きましたら、なんと
「すっかりと私の歌の感想」が録音されていました。
あまりにいっぱいの感想や。。。感嘆や。。。。もろもろがはいっていて。

「これが本当の感想なんだろうなぁ・・・・」と。

一生モノの宝ものを、やっぱりこのお店からはいただいたんだなぁと涙ぐみました。

MACHAKOは今、自分には「何がいっぱい足りなく」て、「何がちょっとは足りてきたのか」がこの感想だらけの録音を聴いてわかるんです。。。

 

                              ⇒第6章へ

 

初めまして!ファド歌手の

浅井雅子です。ファドとの出会いは2007年。そこからたった一人での現地リスボン修行が始まったのです。ただひたすらに「ファドを歌いたい」という情熱に突き動かされて・・・続きを読む

 

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