「あの夏の日と同じ砂浜にて」

 あの日も夏だった。

僕の右手には、その月のお小遣いの数百円、

アミちゃんの右手には、僕のお小遣いで買ったアイスキャンディーがあった。

二人で電車に乗り終点の海まで向かった。


 世間でいう「夏休み」は家族で海やキャンプに出掛けるらしいが僕達にそんな夏休みは存在しなかった。

初めて見る海は、あまりに広く感じた。

着いたのが夕方過ぎで、海水浴客もすでにひけていたからかもしれない。


 僕達は砂山を作ることにした。アミちゃんは張り切っていて、笑顔が可愛かった。

出来上がった砂山を満足気に見つめ、僕は、帰ろうか。と言ったが、帰りの切符を買うお小遣いは残っていなかった。

仕方なく、だんだんと冷たくなっていく砂の温度を感じながら僕達は話をした。

 

うちは両親が毎日喧嘩してる。アミちゃんに言うと、アミちゃんは、うちのお父さんは毎日変なことをしてくる。と答えた。

それがどんなことなのかその頃の僕にはわからなかった。


 アミちゃんは僕の隣で静かに寝息を立てはじめた。

僕もつられて寝そうになった時、自転車に乗ったお巡りさんに見つかり、僕達は交番で親に対面することとなった。

叱られながらも僕達は目が合うとなぜか嬉しくて微笑み合っていた。


 アミちゃんとはそれきりだった。

アミちゃんの両親は僕の両親より早く離婚して、アミちゃんはお母さんと一緒に引っ越していった。

再会したのはつい、一ヵ月前だ。


 僕が二十年前アミちゃんにアイスキャンディーを買ってあげた駄菓子屋(今はコンビニ)で偶然再会したのだ。

メールを交換して、今日ようやく二度目の海にやってきた。


 アミちゃんの笑顔も、照れ屋な僕の性格も変わっていないけれど

今の二人には帰らなければならない家があるのだった。


 あの日と同じように砂山を作った。

アミちゃんは、バックから何やら取り出して砂山の天辺に突き刺した。平べったい木の棒。


「当たりだったんだ」
 アミちゃんは二十年の間、アイスキャンディーの当たり棒を捨てずに持っていたのだ。

「初めて男の子におごってもらったんだもの」 

 

僕の中に何かが込み上がってきた。

棒が倒れないように端から順番に山を崩していく。

波の音が僕達を包んでいて、砂山の外側から僕はアミちゃんの両手を包んでいた。


 アミちゃんが何かを言おうとしたその時、僕の手は振り払われ、当たり棒をアミちゃんは引っこ抜いていた。
「お守りなんだ」
 アミちゃんが立ち上がった。

 

さみしそうな色をした波と、崩れた砂山と、僕を残して……

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