「ロックンロール」

駅の横のパン屋が好きだ。

正しくは店長らしき「杉浦君」と言う人が好きだ。

 

朝私がパン屋に入る頃にいつも彼は「ロックンロール」という丸い焼きたてパンを持って地階から現れる。

ロックンロールは彼が焼いているのかもしれない。とてもおいしい。

私はいつもそのパンを二つ買う。他のパンも一つ買って全部で三つ。これがいつもの昼ごはんだ。

 

 その日はめずらしく寝坊して授業に遅れそうになり、パン屋に寄れなかった。

仕方なく二限目が終わったあとで、私は走って駅に向かった。もちろんパン屋を目指して。

驚いた事に、杉浦君がレジにいた。

今日はもしかして、杉浦君にパンを包んでもらったり、おつりをもらったりできるのかもしれない。

私はロックンロールを探した。ところがロックンロールのトレイがなく、仕方無しに、いつもは買わないようなパンを三つ選んだ。

 

レジはすいていた。私は緊張しながらトレイをレジ前に置いた。

杉浦君が「すいません。ロックンロール」といきなり言った。

私はどきどきしながらも「今日、売り切れなんですか?」と聞いた。

すると杉浦君が、レジの下の棚から袋を取り出して「よかったら」と私に突き出した。

私は何がなんだかわからないまま、三つのパン分のお金を払いその包みを受け取った。

 

店を出て、学校までのみちすがら開けて見たらロックンロールが二つ入っていた。

 

 その後、私たちは朝パン屋で会うたびに少しずつ話をするようになった。

話と言っても「おはようございます」とか「今日は天気がいいですね」とかそういった感じのことだけなのだが、

私は毎日がとにかく楽しくて、ロックンロールに感謝した。

しばらくして、杉浦君にメモを渡された。そこには「夜会える?大事な話があるんだ」と書いてあった。

 

私は期待に胸を膨らませて、彼の仕事が終わるのを待った。

 杉浦君は時間どおりに待ち合わせ場所にやってきた。そして「ごめん」といきなり謝ってきた。

「ロックンロール、今日でおしまいなんだ」なんでも新作パンが明日から出るらしく、いくつかのパンはもう焼かなくなるそうだ。

そして杉浦君はロックンロールがきっと十個は入っているであろう大きな包みを私にくれた。

 

「なんでここまでしてくれるの?」と私は我慢できずに尋ねたが彼の答えは

「俺の奥さんの焼いてたパンなんだ」と言うものだった。

 

あっという間の失恋。でもなぜかとてもすっきりした気分だった。

「明日も店に来てくれる?」私は笑顔でうなづいた。

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