第6章 最後の夜。バイロアルトにて~

その1)新しいお店での出来事

 

さて、とうとう最後の夜がやってきました。
MACHAKOには決めていることがありました。

それは最終日には絶対にタスタドシコで、初日の、あの、とんでもないできばえを晴らしてみせる!ということ。
「絶対にシコで歌って帰るんだ」と決めて朝起きました。

夜になり、まずは土曜に下見をしておいた別の新しいレストランに行って見ると
「本当にきたな。この子」って感じでスタッフが驚いた顔をしました。

そうなんです。
「私来週この店に絶対くるから歌っていい?」って実は交渉済みでした。

そして、中に入ると、みんなが
「今日、歌うつもりできたんだよね?」と言うのでMACHAKOは
「そう。あしたもう日本だから」と答えました。

その店はバイロアルトの中ではかなり明るい感じの店構えです。
お料理はとってもおいしいです。本当においしかった。

おなかいっぱい食べた後に歌うのもどうかと思うんですが。
実はこの日、MACHAKOは、生ビールを4杯、そしてワイン小瓶を一本あけて歌う事になりました。

そこの歌手達ですが、かなりレベルが高かったです。

ただMACHAKOのいうところのレベルっていうのは、歌がうまいだけじゃないんですよ。
ここまで読んでわかるとおもいますけれど。

個性ってものが突出してて聞いてて飽きないようじゃないといやなのです。
そういった意味で、大変に「個性的」でかつ「実力もある」方々の歌を聞きました。

オールバックの男性歌手の声は最高でした。

しばらくして、ギタリストとMACHAKOはたくさん話をして打ち溶けてきました。
リジュボアの対岸に住む彼の家賃が、MACHAKOの東京の家賃の3分の1で、部屋の数は3倍です・・・・・
そんな話に花が咲いてしまいました。。。うらやましい。。。

そして出番がやってきました。

MACHAKOはこの旅で一番歌った、
カンサオドゥマル
ロウクウラ
ウマルジュポルトゥゲシュ
を3曲歌いました。

その日は観光客しかお客さんはいなくて、(というか、その店は現地人が来るような雰囲気ではない)
でも一番緊張したのは、調理場の皆さんが全員で出てきて、私の歌をじ~~っと聞いていたことです。。。。

歌い終わると、ギタリストの人が来て、(彼も歌がとってもうまい!) 
「来年、僕のうちでレコーディングしたらどうだろう?」なんて突然言ってきました。(笑)

「どうもありがとう」と答えたけど、それはちょっと無理っていうか、
たぶんお世辞だろうなぁと冷静にMACHAKOは思いました。

しばらく、違う歌手が歌って、恒例の「CDいかがですかタイム」が始まりました。

MACHAKO本当にお金がもうないので、丁重にお断りなどしていましたら・・・・・
一人の外国人観光客(若い女性)がこちらへやってきました。

そして信じられないことを私にいいました。
「あなたのCDが欲しいんですが」

これには、さすがのMACHAKOもぶっとびの宮沢りえ状態です。

はじめてMACHAKOがお口ぽかーーんでした。

英語で言われたので、ギタリストは
「何?なんていわれたの?」と私に聞いてきます。

説明しようのない私。

彼女が 「だって歌が好きだから」と言ってくれました。

「ごめんなさい。私、CD持ってません・・・」というと

「私、初めてポルトガルに来たんです。ファドもココ最近聴いてるんです。でもアナタの歌がとても自分は好きです」
って言ってくれました(涙)・・・・・・

なんだかなぁ。なんだか、なんだか、、、、もうもうもう。なんかお返ししたいけど何もできない!!!!!!

MACHAKOは、「ありがとう。とっても幸せです」といいました。

そして、その店を後にし、22時半くらいにタスタドシコにつきました。

お店はいつものごとく、入り乱れた人人人・・・・
もうお店に入る隙間なんてありません。

「あ、司会の人だ!!」
MACHAKOはすかさず挨拶に行きましたが、
彼も酔っ払ってしまってて、こっちに気がつきません・・・・
(今日はだめかもしれない)

なんてふとあきらめかけたときでした。


一人の男性がMACHAKOに話しかけてきました。
「君、ここで歌いたいの?」って。

その2)再びタスタドシコ

 

MACHAKOの顔には
「ファドを歌いたい」って書いてあるんでしょうか?

「うん。先々週歌ったんだけど、もう一度歌いたいな、あした日本に帰るから」
とMACHAKOはいいました。

そのとき、さっきの店のオールバックの男性歌手がやってきて
「この子、さっき俺の店で歌ったんだよ。よろしく頼むよ~~」なんて、言って去っていきました。

すると、その人が、
「店長に紹介してあげるよ」とお店の中に無理やり私を連れて行きました。

そして店長さんにMACHAKOを紹介し、
「歌わせてあげて、いいだろう?」と交渉を始めました。

店長さんもちょっと酔っ払っているのか(?)上の空で話を聞いていましたが
「いいよ」ってうなづいてくれたので、その人も満足そうにして
「ね、これで大丈夫、あとは待ってれば順番がくるよ」と私にいいます。

でも、MACHAKO、ココに来て、ちょっとわかったことがあるんです。

ここから、めちゃ本音です。

実は、このリジュボアに来て、一番感じたことは、、、、、
「現地の人って歌いたくてもどこに行ってるのかな」ということ。

日本での情報では、アルファマは下町で、ファドを歌いたい一般人がいっぱい順番を待って歌う場所がある。
ということだったけど、実際のアルファマでそんな場所にお目にかかったことがないし。

MACHAKOの範囲ではこのバイロアルトのタスタドシコくらいしか、わからないんです。

その日も、おじいさんが
「俺の番はまだかい?」って店にきて、

「まだ」って言われたら姿を消して、
またやってきて、自分が歌い終わったら、店をあとにしてすぐに帰ってしまったのを目の当たりに見ました。

そんな店で、「こんな旅行者が順番を奪っていいのだろうか」、とそのときのMACHAKO。ホントに真面目に考えました。

でも、周りが
「君歌うんだね、頑張れ!」みたいに励まし始めてくれているし・・・・・

こんなことを考えているのも逆に申し訳ないと思い、
「やっぱり、やってみよう。二週間の成果を自分は出して帰りたい」と心に決めました。

何回ものステージが過ぎ、MACHAKOを紹介してくれた彼が
「店長、忘れているかもしれないからもう一度交渉する!」といって、もう一度
「この子を歌わせてくれよ」といいにいきましたら
「じゃあ次ね」と、ようやく決まりました。

その日のギタリストさんは、「奇跡の夜の店のギタリストさん」でした。

MACHAKO、一番歌い安いのが彼の演奏です・・・・・

まずは「ウマルジュポルトゥゲシュ」を歌いました。

MACHAKOの笑顔が伝染して、聞いている人の笑顔がこっちに伝わってきました。。。。。。
(これはあとでみたら、写真にも残っている・・・・・・とてもあたたかい表情の笑顔がいっぱいでした)

「歌え、歌え」とギタリストさんがいうので、

続けて「海の歌」

今度は皆さんの顔もさみしそうになります。。。

MACHAKOは、このとき、お客さんは歌い手の表情と同じ表情になるんだなぁと気がつきました。

最後に一番大スキなロウクウラ。

これが最後だと思って、MACHAKO、丁寧に歌いましたら、、、、、

歌い終わって拍手のあとです。

「アンコール!アンコール!」

またまたお口ぽかーーーんのMACHAKOです。

でも待っている歌手さんはまだまだいます。
早々に引っ込みました。

すると、周りのみなさんが私に
「ムイントオブリガード。ムイントオブリガード」といいます。

MACHAKO、なんで私がありがとうって言われないとならんのだ?いいたいのはこっちだよ~~とまたお口ぽかーーん。

MACHAKOを店長に紹介した彼は観光客につかまって、
「君のマネージャーかと思われていたみたいだよ~~~」なんて笑ってます。

彼は
「ポルトガル語を勉強したらもっともっと歌がずうっとよくなるよ!」と私にいいました。

そして
「君の事、尊敬するよ」
なんていうんです。

またまたMACHAKOお口ぽかーーーんです・・・・

でもね。
よかった、っていう安堵感ていうんですかね。それがこの日は一番でした。

初日にとんでもないよっぱらい日本人歌手?みたいに歌ってしまって。
でも今日は。その日よりも更に飲んだ状態で、でも、ずうっと丁寧に歌を歌えた。

MACHAKOはこの日、周りにいたお客さんの表情を忘れることはできません。

 

 

その3) 歌いまくって夜が明けて

 

実はその最終日。
MACHAKOはその後、サルサの流れるバーでキューバ人とサルサを踊り。
ラテンロック流れるブラジルバーでライブ歌手から
「なんか歌え」と言われて
「マシュケナダ」を熱唱し
サンバを踊ってお店の店長を驚かせ、
飲んで飲んで、、、、、、
・・・・・・夜が明けました・・・・・・・ 
考えてみたら、です。

最終日のその前の2日間。
2店、3店、巡って歌って。
まるで、「さすらいの太陽」(昔のアニメ)になったようなMACHAKOでした・・・・

夜明けのバイロアルトは、夜や昼よりもずうっと空気がきれいで。
そして
街を朝から歩く人たちは健やかで。
MACHAKOはいつもは登っていたロシオからバイロアルトに続く階段をはじめて降りました。
(深夜は危ないから絶対におりるなと言われていた)

朝の空と、目の前に見える、アルファマのお城が輝いていました。
本当にここは美しい街だと思いました。

最終日にふさわしい夜明けでした。

そしてこの旅が間違いなくMACHAKOに与えた新しい希望をいっぱいに胸に抱いて(笑)

一歩一歩階段をおりていくときも、
心の中にはこの旅で好きになったファドの歌たちが流れているのでした。

階段を降りきって、ペンサオンのインターフォンを押しました。

おじさんは
「一体どこをほっつき歩いていたんだ!!!!」と
お父さんのようにMACHAKOを怒りました。

でも

「歌って踊ってたら朝になっちゃった」と言ったら、
「しょうがないやつだなぁ、ちゃんとちょっとは寝ろよ」
といって、優しく笑いました。

MACHAKOは、シャワーを浴び。
ベットにどっぷんと飛び込んで、
この旅で一番、深くて短くて幸せな眠りにつきました。

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