「GRAUND」

 下校後の校庭はシンと静まり返り、サッカー部の残したスパイクの足跡だけが

まるで一日の名残であるように所々に浮かび上がっている。


 彼はここにいた。間違いなくこの校庭の隅々に、こんな足跡を残して毎日を走りぬけていた。

 

 彼、庄司巧はサッカー推薦で私のいる1年B組に転入してきた男子だった。

物静かで休み時間は1人、小説を読んでいるような男子なのだが、ひとたび校庭でボールを蹴れば彼に追いつくものはいなかった。

そのうち女生徒の中で密かに彼のファンクラブなるものもできた。
 彼の実力はそのまま受け入れられ、1年生でレギュラーの座を手に入れた。

 

ある日、彼のファンクラブの中の1人である由利から私は呼び出された。
「私、巧くんと付きあいたい。でもみんなでみんなの巧くんにしようって決めたから」
 そんなことを言って泣き出した由利を私はどうしてよいものやら困ったものだ。
「私には何もできないよ。ごめんね」と謝ったが、由利はだだをこねるようにその場でしばらく泣いた。

結局由利はしばらくして彼ではなく、テニス部の男子と付きあいはじめた。
 
 私が初めて個人的に彼と話したのは、それから半年後の図書室であった。
 背の低い私が取れずにいた棚の上の本を、彼はなんなく引き抜き、私に差し出すと、話がしたいと言ってきたのだ。

私は巧の話を聞こうと、全員下校後の校庭で彼を待った。


 巧はサッカーボールを転がしながらやってきた。そして私に向かってサッカーボールを蹴った。

私はサッカーなんてやったこともなかったがなんとか彼のパスにこたえた。しばらくボールを蹴りあうと巧は足でボールをすくいあげ胸でリフティングしながら私に「好きだよ」と告げた。

私たちはサッカー部の部室に戻り、静かに抱き合った。

 

 その日から私と巧は人目を避けて会うようになったが、

程なくして私は関係を続けることはできないと、巧に別れを説き伏せるようになっていった。

巧は学校を休み、サッカー部にも休部届けを出した。

私は面会に自宅まで出向いていったが、巧は私に決して会おうとはしなかった。

 

 

 今日は学校に辞職願いを出した。私がいなければ巧はこの校庭に戻ってくるだろうか。

誰もいない校庭の真ん中を私は1人で歩いた。

校庭の隅には置き去りにされたサッカーボールが1つ、私を見送るように転がっていた。

私は最後にそのボールを蹴りあげたがあの頃の巧と私のようにどこに行くあてもなく転がり続けたボールは

遠くのほうに見えなくなっていった。

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